「ホウボウ」「サバ」に込めた思い。地魚、地元を愛する
ビクトール・キンティーヤシェフインタビュー。
「COOK JAPAN PROJECT」でスペイン・カタルーニャ地方の
ビクトール・キンティーヤシェフが初来日しました。
「COOK JAPAN PROJECT」は10か月にわたり、約30名の世界各国のトップシェフたちを日本に招聘する壮大なプロジェクトです。
テーマは日本を料理すること。日本の素材を使い、日本を表現した料理の数々が東京の食卓を彩ります。
キンティーヤシェフは『ミシュラン・スペイン、ポルトガル版』1ツ星の「Restaurant Lluerna(レストラン・ユエルナ)」(Lluernaはホウボウ)と居酒屋「Gastro Bar Verat(ガストロ・バー・バラット)」(Veratはサバ)の2店舗を経営しています。

Victor QUINTILLA
2012年に「レストラン・ユエルナ」が『ミシュラン・スペイン、ポルトガル版』1ツ星獲得。13年に「カタルーニャ ガストロノミックアカデミー」より最優秀新人賞を受賞。毎週木曜日に店を閉めて教育と研究の時間に当てているという。奥様はソムリエールで、店のワインリストは80%がカタルーニャ産で残りはスペイン全土やイタリアなどをランナップ
シェフは地元でとれる、決して高級とはいえない食材にも光を当ててその食材が放つ隠れた魅力をシェフならではの視点で引き出しながらすばらしい料理に仕上げることをコンセプトにしています。
レストランの在り方が自然環境の保護、地元の素材の見直しに向けられる昨今、キンティーヤシェフが皿に描く大地とは、海とは、そして魚とは? インタビューをしてきました。
文/飯島千代子 料理写真/天方晴子 協力/株式会社グラナダ
「Km0(キロメートルゼロ)」の思想
恰幅がよく、優しい笑顔で迎えてくれたビクトール・キンティーヤシェフ。コックコートの胸に店名「ユエルナ(ホウボウの意)」の文字と魚が刺繍されているのがユニークで、彼の哲学を表しているようです。
スペインでは少し前までホウボウはスープの出汁用にと、魚屋がおまけでくれるような魚でした。このような見捨てられたような食材に目を向けるキンティーヤシェフのおかげで、今では注目の食材となっているそうです。
キンティーヤシェフが食材に対して掲げているのが「Km0(キロメートルゼロ)」。これはレストランのあるカタルーニャ州、そして地元の食材を使うことを表しています。
「魚はマーケットからではなく、地元の漁師が釣り上げたものを使い、他の食材も顔のわかる小規模生産者と直接コンタクトをとっています。生産者はわれわれの協力者であり、彼らの食材に敬意を払いたいと思っています」

魚には0.8%の塩水で味つけ
地元の魚とは、どのようなものがあるのでしょうか? また料理する上で気を付けている点をうかがったところ、
「青魚にはサバやイワシなどがあり、冬から春にかけて脂がのって旬となります。扱い方としては乾燥しないように気をつけています」
白身魚はホウボウやオコゼやオヒョウ、また時には高級魚のタイやスズキ、カサゴなども使うそうです。
「白身魚は火入れに細心の注意を払っています。火入れをし過ぎるとパサパサになってしまいますから。また濃いめのソースもあまり合わせないようにしています」
赤身の魚については、
「天然の魚にこだわっているのでカツオを使います。マグロは半養殖のものが多いので、あまり使いません」
もう1つ、キンティーヤシェフのこだわりは魚に直接塩を振らないこと。
「1リットル当たり80グラムの塩水を振りかけます。これはバルセロナ大学の研究のもとに、必ず塩水を使うようにしています」
今回、初来日で日本の素材や料理で印象に残ったものをうかがうと、
「甘鯛を提供しましたが、日本の食材は素晴らしいと思いました。プライベートでは鮨を食べに行き、トロの食感と脂が口の中でとろける感じが気に入りました。またウナギの蒲焼もゼラチン質の食感や脂の旨味、甘辛いタレが絶妙なハーモニーでした」

山口県萩の甘鯛の松笠焼。日本酒の古酒で地ハマグリのピルピルを作りソースに。
三種のオクラ(花、つぼみ、実)を添えて
この感動が次の魚料理のヒントになるのか興味深いところです。
忘れ去られた食材を求めて
「昔のカタルーニャの家庭の味を取り戻したいのです。そのために、まずは昔はあったが今は姿を消している素材に目を向け、その使い方を研究して、お店で提供しています」
と、キンティーヤシェフは語ります。
例えば、企業によって大量に生産される食肉は使わないといいます。
「今ではカタルーニャ地方のわずか2つの農場でしか飼育されていないチスケッタという仔羊が素晴らしい。自然に近い状態で育てられていて、自然なものをエサとしているので臭いがなく山の香りがします。肉も柔らかい。子供のころに父と一緒に食べた羊の味がします」
この羊を絶やさぬよう、応援の意味を込めて自身のレストランで提供したり、仲間のレストランにも分けたり、また自宅で楽しんだりしているそうです。
そういえば、かつてフランスでは、トッピナンブール(キクイモ)が、忘れ去られた食材でしたが、ミシュランの星付きシェフたちが使い始めて、注目されるようになりました。
食のグローバリゼーションが進む一方で、消えてゆく食材や伝統料理がある状況は日本も同様でしょう。キンティーヤシェフの活動は、参考になりそうです。

甘エビの出汁で煮たアロスボンバ米の上に甘エビのカルパッチョを乗せて。パセリオイルのソースを添えて
シェフならではの火入れの表現
キンティーヤシェフは2001年の「ユエルナ」オープン以来、リノベーションしたり移転したり、昨年は隣に居酒屋「ガストロ・バー・バラット」もオープンさせて、現在2店舗を経営しています。
広々とした厨房では理想的な料理が生まれているといいます。
「コンベクションオーブンを3台導入したことで、食材の火入れで温度のコントロールができるようになりました。また魚や肉の各セクションにプランチャを入れ、さらに炭火焼きの窯も備え、いろいろな温度で火入れの表現ができるようになりました」
皿の上に多彩な素材を乗せるのではなく、火の入り具合によって食感や味わいの微妙な違いを生み出す、シンプルながら素材に丁寧に向き合うスタンスがうかがえました。
キンティーヤシェフは「エル・ブジ」で1年間修業をしていますが、あまりエル・ブジ風な料理は作りません。近代的なテクニックは意味があれば使う、手仕事を大切にしたいという言葉からも、素材そのものに集中しているように見えました。
今回、キンティーヤシェフの話をうかがい、今は亡きフランス人グラン・シェフ、ジョエル・ロブション氏のジャガイモのピュレを思い出しました。最も庶民的なジャガイモを三ツ星レストランの料理に昇華させた発想に共通するものがあります。
ホウボウとサバが、キンティーヤシェフの「ジャガイモのピュレ」のような代表作となって、今後もゲストを魅了していくことでしょう。
※「COOK JAPAN PROJECT」は2019年1月まで毎月開催。
来日シェフ情報の詳細はhttps://cookjapanproject.com
※現在は下記シェフの予約を承り中
・9月3〜7日 南米3人目はメキシコのホルヘ・バイェホ
・9月11〜16日 南米4人目はブラジルのアレックス・アタラ
・9月27〜10月1日 初の2名のシェフによるコラボレーション
タイの「Le Du x Kyo Bar」トン・ティティッ・タッサナーカチョン&デッ・キウカチャー