「きゅうりのガスパチョ エゾボラツブ貝のマリネ」
八丁堀駅から歩いて数分、路地を曲がると現れる「シック•プッテートル」はアットホームな店構えのフランス料理店です。シェフの生井祐介氏が作る料理はそのビストロのような佇まいからは想像出来ない洗練されたもの。クーカル軽井沢で初めてお手伝いに来ていただいたのはまだお店をオープンする前、2012年の夏でした。それから3年足らずでミシュランの1つ星を獲得し、どんどん活躍の場を広げています。新しさとどこか懐かしさを感じられる生井シェフのひと皿を取材しました。
夏になると食べたくなる冷たいスープ、ガスパチョを作りました。メインに使用した野菜はきゅうりです。ゴマ油でさっと炒めたきゅうりにトマトの水分だけをとったものを加え、ミキサーでまわしています。ポイントは、隠し味に加えた梅干し。ガスパチョの味の核となる酸味を普通はヴィネガーでつけるのですが、ふと昔よく食べていた梅きゅうを思い出して(笑)梅干しを入れてみました。子供の頃はこの時期になると冷やしたきゅうりに自家製の梅干しをつけて食べていましたね。梅干しは祖母が毎年漬けていたこともあり、常に生活の中にある食材でした。日本の食材をどれかひとつ世界に紹介するとしたら、間違いなく梅干しを選ぶくらい好きな食べ物なんです。なのでこれはフランス料理版“梅きゅう”です。
僕はフランス料理人として修業してきたので調理の基礎はそこにありますが、自分の中にある料理のベースは、子供の頃から食べてきたものと、育った環境が大きいと思います。だからアイディアもそこからくることが多いですね。食材の合わせ方とか調理の仕方とか、美味しい理由を身体が覚えているのだと思います。食べる側も日本人であればそういう親しんだ味に安心感があるし、見た目はフランス料理なのにどこか懐かしい味を感じると、驚きがあって面白い。だから味噌や醤油などの和の調味料も使うことがあります。日本で作るフランス料理なら、ここならではのものを生かしていきたいですから。食材も同じです。今回使用したエゾボラツブ貝など、魚介は北海道から直送していて、野菜は栃木の川田農園と長野県の軽井沢サラダファームから届けてもらっています。特に軽井沢サラダファームの生産者、依田義雄さんは、僕がこの店で働く前に軽井沢のレストランにいた時からのお付き合いです。その頃は毎朝畑に行って野菜を選び、その日のメニューを考えていました。5年間畑に通っていたので、今でもその時期の畑の風景が浮かんできますよ。そろそろこの野菜が出てくるから新しいメニューを考えようかなぁとか。そういう信頼出来る食材があって、それに自分が慣れ親しんだ味のエッセンスを加え、フランス料理に仕上げる。それが今の僕のニッポンの味かと思います。
text by Hiroko Shinbori
生井祐介シェフ/プロフィール
1975年東京都生まれ。25歳で料理の世界に入り、都内のフランス料理店で修業後、2003年より「レストランJ」(東京•表参道)、「マサズ」(長野•軽井沢)で植木将仁氏に約5年間師事。「ウルー」(長野・軽井沢)で3年間シェフを務め、2012年11月より現店のシェフに就任。2015 年度版ミシュランで1つ星を獲得。
シック•プッテートル
〒104-0032 中央区八丁堀3-6-3 高野サンパレスビル 1F